物語を紡ぐ

　　周りで言葉が流れている。気づかなかったり、遠くにあったり、近くに来たり、まるで色の洪水のようにあふれている。ほとんどが電波のように秩序がなく、ノイズにまみれた、意味のない単なるコトバ。

　まれに天から降ってくる。それを全部受け止めるのは無理だから、写生をするように急いで書き留める。流れさって消えてしまう前に。それしかできない。蓄積した言葉はすべて自分の物だ。

　心の奥底に熱い海がある。たまにそこへ降りてゆく。手が痺れるような記憶の海で、それを拾い上げる。言葉をつないだり、組み立てたり、壊したり、また海へ返したりする。完全な一人遊び。考える事だけが、私の自由だ。あきたら現実へ帰る。

　風もない静かな場所なのに、時折どこからか予想もしない大波が訪れる。飲み込まれたまましばらく漂い、打ち上げられたあと、散らばった言葉を拾い集める。海辺で貝殻を探すように。

　いつか完璧な言葉を紡ぎ出す事ができたら、自分はその熱い海の中で、満足して死ぬのだろうと思っている。多くは望んでいない。たとえ誰にも伝わらなくても、それが一生外に出る事がなくても。